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広島高等裁判所岡山支部 昭和44年(ラ)12号 決定

抗告人 西村勇平

主文

本件抗告を棄却する。

理由

(本件抗告の趣旨及び理由) 別紙のとおりである。

(当裁判所の判断)

一、本件記録によると次の事実が認められる。

昭和三八年一二月 九日 債権者が岡山地方法務局公証人村上則忠作成の昭和三八年第四二六一号公正証書の執行

力ある正本に基き強制競売申立。

同日 強制競売開始決定。

昭和四〇年四月一九日 競売期日において、抗告人が原決定添付目録中の倉敷市連島町矢柄字瀬越五八六四番の二宅地二五五坪(以下本件不動産という)につき最高価競買人となる。

同月二一日 競落期日において、抗告人に対しこれが競落許可決定言渡。

同日 債務者が右競落許可決定に対し抗告申立。

昭和四二年九月二九日 債務者が「前記債務名義に基く強制執行は許さない」旨の判決(請求異議訴訟の判決)正本を原執行裁判所に提出して、強制執行取消の申立。

昭和四三年五月一四日 債務者より「右判決が昭和四三年二月二〇日確定した」旨の証明書提出。

同月二七日 債務者が前記抗告取下(これにより競落許可決定は確定)。

昭和四四年八月五日 「強制競売開始決定取消、競売申立却下」の原決定。

二、抗告人の主張は、要するに右のような経緯で競落許可決定が確定し既に抗告人が有効に本件不動産の所有権を取得しているのに、その後に至り競売開始決定が取消されると、抗告人はもはや競落代金支払の機会を失い、結局において本件不動産に対する所有権の完全な取得が妨げられるから、競落人にかかる不利益を被らせるような原決定部分は不当であつて許されない、というのであるが、不動産に対する強制執行は執行力ある債務名義に基き債務者所有の不動産を差押-換価-配当という一連の段階的執行手続を経て完結終了するものであつて、その間に本件の如く当該債務名義の執行力を排除し強制執行の不許を宣言した裁判がなされ、その正本が執行裁判所に提出された場合には、執行裁判所としては直ちに執行手続を取消さなければならないことは民訴法五五一条、五五〇条に明定するところである。従つて、本件の場合、たとえ競落許可決定が確定していても、未だ執行の最終段階である配当手続が終了していない限り、執行手続を取消すことによつて(この場合、既に確定した競落許可決定の効果がどうなるかは問題であるが、この点は後述する)、少なくとも右手続(配当)への進行を阻止し得る実益があるから、この意味において原執行裁判所が債務者の提出した前記執行不許宣言の判決正本により競売開始決定を取消したことは相当である(もつとも、本件については競落許可決定が確定する以前に競売開始決定を取消すことが可能であつたのに、これをなさず右確定後一年以上も経過してようやく取消に及んでいる点、いささか時期を失し妥当を欠くが、これがため原決定が違法であるとはいえない)。

三、そこで、問題は本件のように競落許可決定確定後、競落代金支払前に競売開始決定が取消された場合に右許可決定の効果がどうなるかの点にある。この点に関しては種々議論の存するところであるが、結局のところ競落許可による所有権取得の効果を如何に考えるか、ということと、競落代金支払の性質を如何に解するか、ということが要点である(代金支払後であれば、競落人は完全な所有権を取得しているから、執行取消によつても何ら影響を受けないことは恐らく異論のないところであろう)。

以下順次これらについて検討するに、先ず「当然失効する」とする説の主たる理由は、競落許可決定が確定しても競落人が代金を支払わない間は所有権移転の効果は未だ完全に発生せず、しかも代金支払手続が残つている以上、所謂狭義の競売手続も完結しているとはいえないから、開始決定の取消により形式上確定している許可決定も当然失効する、というのである。しかし

(一)、競落許可決定の本質は第三者の買受申込みに対し国家が売主の立場からする承諾に該当するもので、競落人たる第三者はこの決定により本来無関係であつた競売手続の中に買主としての地位(権利・義務)を有するに至るのである。この点に関する限り一般の売買取引と何ら異るところはなく、少なくとも強制競売においては「競落人は競落許可決定によつて競落不動産の所有権を取得する」旨民訴法六八六条は明言しているのである(任意競売ではその時期を代金支払の時と解しているのが多数)。もつとも、競落人の権利は許可決定自体が抗告により取消されたり、代金支払期日までに代金を支払わなければその所有権を失う、という解除条件付の所有権でその間はある程度浮動的であることを免れないが、いつたんそれが確定すると、あとは代金を支払いさえすれば完全な所有権を取得し得る、という競落人の地位は確固不動なものとなるのであるから、かかる競落人の権利(利益)は一般の売買と同様応分に保護されるべきで、債務者の利益よりもより軽視してよいという理由は少しもない。若しそうでなければ法が競落の許可について異議(同法六七二条)ないし職権調査(同法六七四条)更には抗告(同法六八〇条)等の制度まで設けて慎重厳密な審査を経た上でこれを確定させていることの意義はその大半が失われるからである。しかも、債務者側としては強制執行が開始されてから競落許可決定が確定するまでの間に民訴法五四七条や同法五四四条、第五二二条二項による執行停止等の仮の処分を得て事前にこれを阻止することも可能であるのに、かかる手段を構ぜずそのまま放置して執行手続を進行させた以上、これがため目的不動産の所有権を失うという不利益な結果が生じても(但し、この場合でも代金の支払は受けられる)、競落人の利益との較量上やむを得ないといわなければならない。殊に本件においては、競落許可決定が確定するに至つたのは専らこれに対する抗告の取下に基因するのであるから、かように債務者自身が自らまねいた責任を他に(競落人に)転嫁せしめ得るということは、なおさら容認し難いところである。

(二)、次にこれを手続上の面からみた場合、競落人の代金支払行為はその性質上、競落を許可されたことにより当然履行しなければならない買主としての義務(権利でもあるが)であつて、許可決定の内容の一部をなすものであるから、この決定とは別途に特別な執行処分を必要とするものではない。つまり、競落許可決定が確定した場合、競落人が代金を支払うのは許可決定の効果としてこれに随伴する爾後的な事実行為であり、決定と一体不可分の関係に立つものである。従つて、当該換価手続(競売手続)は競落許可決定の確定によつて、その競落人に対する関係では実質的に終了したものとみられ、爾後的行為に過ぎない代金支払行為の未了をとらえて別異の執行行為が残つているとまで解すべき必要はない(競落人が執行裁判所の指定した代金支払期日にこれを履行しないと再競売になるが、これは前の競売とは別個の新たな換価手続であり、本件はかかる場合ではない)。

(三)、しかも、実際問題として、失効説によると「代金支払期日の指定」が可成り重要な意味をもつてくるが、代金支払期日は予め法定されておらず執行裁判所が職権で任意指定するものであるから(同法六九三条)、その指定された期日がたまたま「早いか、遅いか」によつて、競落人の運命が左右されかねないという重大な結果をまねくことは、如何にも不合理である(期日指定前に代金支払がなされる事例は稀である)。この点、許可決定が確定した時を基準とすれば、画一明確であるばかりでなく、対立する債務者と競落人との利益権衡上からも公平妥当な結果が得られる。

以上述べたような理由から、競落許可決定の確定により既に競落人が一定の権利を取得した以上は、この競落人の権利を保護する限度において、債務者の利益がある程度制限されることはやむを得ないと解するのが相当である。従つて、抗告人が競落許可決定の確定により取得した本件不動産に対する所有権は原決定によつても影響されないことになるから、抗告人は原執行裁判所に対し、代金支払期日の指定を受けてこれを納入し、その所有権移転登記の嘱託を求めればよいわけである(この場合、執行裁判所としては受領した金員を配当することは勿論許されないので、債務者に返還すべきである)。

四、よつて、本件不動産に関する原決定部分は爾余の執行手続を許さないという趣旨において是認し得るから、本件抗告は結局理由がなく、主文のとおり決定する。

(裁判官 高橋正男 中原恒雄 永岡正毅)

(別紙)

申立の趣旨

原決定を左の通り変更する。

原決定中、競落許可決定確定の不動産に対する部分を取消すとの裁判を求めます。

申立の理由

一、申立人は右強制競売事件の目的不動産のうち、その一筆を競落しその競落許可の決定があつた。その後債務者から右競落許可決定に対する即時抗告がなされていたが、右抗告はその後取下となつているので結局その取下の日をもつて、前記競落許可決定が確定したものであることは論を俟たない。強制競落人の所有権取得時期について不動産競売事件と異り、競落許可確定の時をもつて競落不動産の所有権移転の時としており、抗告人は既に有効にその所有権を取得し今日迄有形無形の投資を行つて来ているのであつて、かかる事情と経過を無視し今になつてその手続全部を取消すことは著しく競落人の期待を破るものである。

二、競落許可確定後の裁判所の手続進行に瑕疵がある。いやしくも競落許可決定が抗告の取下によつて確定した以上、その時既に仮に競売取消の申立がなされていたとしても、その手続の停止に関し何らの裁判がない以上裁判所としては競落手続の進行を計るべきであつて、須く代金支払期日の指定等を進めるべき職責を負担する。然るにこれを一ケ年有余無為のまま放置したことは善意の競落人の期待を強めることはあつても、関係者を裏切る以外の何ものでもなく、ために競落人は目的不動産に対して巨万の投資をつぎこみ鋭意土地の開発に傾注していたことが灰燼に帰する虞れを生じた。もしも今日の結果を来すことが少くとも一年位予め知り得たならば前記の如き深入りを避け得た筈である。

以上の事情を御賢察の上前記の裁判を求めます。

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